人工知能による自動生成コンテンツと著作権という概念の邂逅

近年の人工知能の発展ぶりはすさまじく、技術的特異点ももうすぐやってきそうな感じです。

ターミネーターのスカイネットではないですが、危機は感じざるを得ないですよね・・・

2015年1月にイーロン・マスク氏、ビル・ゲイツ氏、スティーヴン・ホーキング博士、および学者や研究者などが、人工知能を扱う産業の安全基準に対する公開状を書き、人工知能の誤動作によって人間に危険が及ぶのを防ぐため、いつでも人工知能を安全に制御できるフェールセーフのシステムを開発研究すべきだと要求しました。

2015年5月にロンドンで開催された「Zeitgeist 2015」のカンファレンスで、スティーヴン・ホーキング博士が、人工知能が大きく向上しコントロールできなくならないために人類がすべきことを

人類の『難問』の解決に、AI技術。

一方でますます便利になっていく未来への期待もあります。

「現在、世界的規模の問題として挙げられている、人口爆発、気候変動、教育などの、『難問』の解決に、AI技術が貢献することができる」と語りました。AI脅威論がささやかれる中で、AIは世界的な難問解決の手助けとして人類に役立つとシュミット氏は考えています。

人工知能(AI)技術の急速な進化によって、さまざまな技術革新が起こると期待されています。それと同時に、あまりの急激な進化の速度のため、AIによって現在あるさまざまな職業が奪われるなどのAI脅威論も

文学も自動筆記な時代がもうすぐそこに。

人間が書くよりも面白いものがすぐにできる、そんな未来。

星新一のショートショート全編を分析し、エッセイなどに書かれたアイデア発想法を参考にして、人工知能におもしろいショートショートを創作させることを目指すプロジェクトです。
公立はこだて未来大学の松原仁教授を中心にしたプロジェクトチームで、2012年9月にスタート。2017年頃の「新作発表」が目標です。

きまぐれ人工知能プロジェクト作家ですのよ公式ウェブサイト

著作権は、(血と汗と涙を流して(?))創作した人が法の範囲で権利を活用して、
きちんと財産的な利益も得ることで、さらに新たな創作を生み出すことによる文化の発展を狙った制度なので、人工知能に権利を認めることになれば、制度の根幹を揺るがすことになります。

みなさま、こんにちは。 横浜 の特許事務所 IPWIN の弁理士、保屋野でございます。 きまぐれ人工知能プロジェクト「作家ですのよ」が、 第3回 星新一賞に応募していたことがわかりました。 ⇒

そこで人の法、著作権とぶつかるわけです。
まあそもそも著作権というもの自体がどうなのか、ということはありますが・・・

オンデマンドなコンテンツの可能性

人工知能が充分に賢くなったら、小説や音楽とかをいちいち買わなくても、必要に応じてその場で「生成」する時代がすぐそこに。そうしたら「値段」が付く作品なんて、一体どれほどあるというのか?

そうした作品について、聴き手がどう評価したか情報を集めて内容を改善して行くことは、コンピュータには向く作業です。特に、個々のユーザーごとに過去に視聴した作品やそれへの反応ぶりを把握して、彼らが最も求めそうな作品をテーラーメードで用意してぶつけることは、まさにAIの独壇場でしょう。たとえばあなた向けに特別に構成された新聞、学習教材、ゲームや音楽。バッハや宮澤賢治のような天才をゼロから作り出すことは出来なくても、市場が求める程度のレベルのコンテンツを膨大に生み出すことなら、遠からず人間よりもうまく出来そうな気さえするのです。
もしそうならば色々なことが気になって来ます。

弁護士 福井健策 人工知能=AIがブームです。コンピュータが将棋でプロ棋士を圧倒... #nhk_kaisetsu

また、コンピュータが生み出す作品に、果たして著作権というものは生まれるのか。今、世界では扱いが割れています。もしもそれほど膨大に作品に著作権を認めてしまうと、個人のクリエイター達がそのどれかと似てしまうことを恐れて、新しい作品を作りにくくならないか。
更に進んで、機械に仕事を奪われて、クリエイター達の大量失業はあるのか?それとも、むしろテクノロジーという新しい武器を駆使して、機械が及ばないようなもっと先の創造へと歩みを進めているのか。
そして最後に、その生み出される膨大なコンテンツを握るのは、果たして誰か?ということです。

弁護士 福井健策 人工知能=AIがブームです。コンピュータが将棋でプロ棋士を圧倒... #nhk_kaisetsu

落合:著作権は、難しい問題ですよね。現行の著作権システムの中にあるインターネットサービスでは、例えばとある著作権楽曲を検索キーにして検索されたものと一致したら自分の著作権収入が入るコードを貼れば、収入を得られるんです。だから、例えば、いま世の中に存在する曲をすべてコンピュータにダウンロードして、それぞれの曲をフレーズ単位でランダムに並び替えミックスして、検索可能な状態にして置いておいたら、どこかのフレーズ単位では必ず何かと一致して、そのたびに収入が入ったりすることになるはずです。

著作権という概念は、そもそも人間が著作を行っているから成り立っていたけれど、データベースに権利を認めるとすると、機能しなくなってしまいます。無限の歌詞の組み合わせとか、無限の発言の組み合わせをつくるbotがあれば、著作権において人類はコンピュータに敗北しうると気づいたんです。

今やコンテンツは稀少ではない。過剰なのだ。

実は、コンピュータ創作物が著作物か否かの議論はすでに20年以上前にされている。文化庁・著作権審議会で1993年、報告書が出されているのだ(『著作権審議会第9小委員会(コンピュータ創作物関係)報告書』)。

そこでは「人がコンピュータを道具として使えば著作物たり得る」が、「創作過程において人の創作的寄与が必要だ」とされた。つまり、コンピュータはカメラ等と同じツールであって、あくまで人間が創作していると見られる場合にのみ成果物は著作物になる、という訳だ。

上記のように「創作過程において人の創作的寄与が必要」「あくまで人間が創作していると見られる場合にのみ成果物は著作物」とすると、人が寄与しない(そう認知できない)コンピューターが全自動で作り出す世界は、基本的に著作物たり得ないということ。
著作物でないコンテンツの値段は限りなく無料に近くなるのだろうから、人間がこれらコンピューターの全自動コンテンツの方に魅了されるようになれば、人間の著作物の価値は相対的に下落するのだろう。
人間の生み出す作品は、コンピューター生成コンテンツより魅力が無く、無価値になる。
この問題は、自動生成かそうでないかを人間にはもはや判別できなくなるところにある。
圧倒的多数の仮想人格がノータイムで送りだしてくる質・量ともに最適化されたコンテンツに人間は対抗できない。
人間の全情動までが、すっぽりと自動生成コンテンツに埋没する未来。

これはコンテンツの問題のみならず、物理世界や自分自身をも自動コーディングで自動に生成、加速度的に変化(進化)するコンピューターがもし現れたとして、そうなると、人間側ではコントロールできない現状に直面するのでは、という危惧でもある。

以下はもちろん人の手(「TELYUKA」(テルユカ)氏)で作られた3DCGだが、このレベルをも自動で自在に生成されうる時代はすぐそこまで来ているのだろう。

コンピューターが「教師」としてのペルソナを内在化できたとき、もはや人間中心の世界観はそこに無く、コンピューターが自律的に無制限に物理世界を書き換えていく。
そして、そうされていることを人間は認知できない現実が発生するということだ。
そこで人類が取り入れる必要に迫られるのが、テクノロジーによって人類の身体能力や認知能力を進化させようという思想、いわゆるトランスヒューマニズムなのだろう。

世界はどう変わっていくのだろうか。
いずれにしろこの動きは不可逆だ。

caay
最後まで読んでいただきありがとうございました!
こんな感じであまり気張らず、ダラダラと、楽しんでやっています。
どうぞよろしくお願いいたします。

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