これぞ、痛墓石・・・墓石こそ生と死の止揚なのか

この記事は2015年12月27日に更新されたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください。

痛墓とか、これまじか・・・

クオリティ高すぎる・・・

そもそも日本における墓石って、どういう歴史だったっけ?

日本では、平安時代に仏教の伝来に伴い石工の技術も渡来人によってもたらされ、供養塔や墓石としての五輪塔、宝篋印塔、宝塔、多宝塔、層塔などが支配階級の間で出現した。その後、鎌倉時代~室町時代にかけて、禅宗の到来とともに位牌と戒名が中国から伝わる。その影響からか、位牌型の板碑や今日の墓石に近い角柱型のものもつくられるようになった。江戸時代になると檀家制度が確立し、人々に先祖に対する供養や葬儀、墓など仏事が生活の中に定着したことにより、庶民まで墓石を建立するようになった。墓石に家紋を入れるようになったのはその頃からである。

墓石

ほほー仏教と禅宗の影響が大きい、と。
なるほど。
さらに檀家制度の確立で今の形へ至るのか。

はじめ墓石は個人や夫婦の為のものであったが、明治中期以降は家制度の確立により、家単位で建立されることになった。その為、正面には以前は故人の戒名(法名)を彫っていたものから、「○○家先祖代々之墓」などのような形に変わっていった

墓石

そういえば、墓って家制度が基本だもんね。
家制度が崩壊しつつある様相の今、あらためて個人のための墓石ってのも良いのかもしれん。

ということは、崇拝の対象が仏陀かラブライブかの違いってことだけなのか。

caay
最後まで読んでいただきありがとうございました!
こんな感じであまり気張らず、ダラダラと、楽しんでやっています。
どうぞよろしくお願いいたします。

もしちょっとでも!ほんのちょっとでも興味を持っていただけたなら!
下のボタンよりフォローお願い致します。
小躍りしながら喜びます!